帰り道 |
「気持ちが悪い」 「ええええ?」 後部座席に横になっていた御剣怜侍は、 車が発進してものの十分もたたないうちに真っ青になって、 バックミラーに顔を出した。 「止まれ。前に移る」 「ええ? ちょっと待ってよ」 「早くしろ」 そういう御剣の顔つきは、 すっかり普段仕事で使っている鬼検事の表情になっている。 成歩堂はすぐに道の先を見渡して、 いくぶん見通しのよいカーブの緩衝地帯に車を止めた。 サイドブレーキを引いて、ドアロックをはずす。 すぐに後部のドアが開いて御剣が出てくる。 助手席に積んでいた、財布の入ったバックを後部座席に動かしながら、 けだるげに助手席に戻ってきた御剣を見る。 御剣の顔色は確かにあまりよくなかった。 ゆうべ、二人して、かなり早い時間から、 獣のように体を繋げあい、途中何度か休憩を挟みながら、 それこそ日付がかわる寸前まで、肌を合わせて熱を分かち合った。 すでに若さで押し通せる時間は過ぎていて、 夜の無理は確実に翌日に響く年齢になっているのは確かだったので、 朝起きたときに成歩堂龍一は、 確かに相当無理したなぁ…と、 自分の体を鑑みて思ったものだった。 当然の事ながら、その成歩堂につきあっていた御剣も、 同じように、いやそれ以上に疲れているのは間違いない。 いくら御剣が成歩堂よりも自分の体調管理に気を使っており、 肉体の健康維持のために、成歩堂の軽く数倍は体を動かしているとしても、 少しはダメージがあってしかるべきではないのか……と、 成歩堂が思うのは、至極当たり前のことだろう。 コテージを出て車に戻るときにも、御剣は少し足を引きずっていたところもある。 荷物を持ち上げるときにも、体がうまく動かないようだ。 だからこそ、帰りの車は後部座席で横になっていたほうが、 負担は軽くなるのではないのだろうか――と、成歩堂は思っていたのだが。 「大丈夫?」 「ああ、やはりこうして座っていたほうが楽なようだ」 「そうなの…?」 「さすがに運転するのには自信がないが、……椅子を倒してもいいだろうか?」 「楽にしてなよ。背中にタオルでも入れようか?」 「そうだな…、…」 成歩堂は椅子を倒したとたんにほっとした顔をした御剣の、翳りのある瞼が気になった。 目元がやけに翳っていて、疲れが滲んでいる。 バックの中からタオルを出し、小さく畳んで御剣の腰とシートの間に挟む。 もぞもぞと御剣が体を動かして位置を決めると、また少しシートを倒した。 「顔色悪いよ」 「こうしていれば治る。気にするな」 「助手席より後ろのほうがいいんじゃない?」 「後ろは駄目だ。…気持ちが悪い」 「そういうもん? あれ、御剣って車酔いとかしたっけ……?」 成歩堂の覚えている限り、そういう話を聞いたことはなかったはずだ。 「普段は酔うようなことはないのだが、横になるのがよくないのだろうな。 あれは腹部を圧迫するから、呼吸が浅くなるのだろう。 まっすぐに足を伸ばせればだいぶ違うと思うのだが」 「ケチって小さい車にしなけりゃよかったかな」 「そういうわけにもいくまい。…不可抗力だしな、アレは」 「不可抗力なんだ?」 「そこまで計算していたとすれば、キミは相当の策士だな」 そういうと、御剣は体を起して、手にしていたペットボトルを開けて、一口飲んだ。 話をしているうちに御剣の表情はずっと明るくなってきていて、 鬼検事から普通の人くらいにはなってきたので、成歩堂は安心した。 「ほんとに平気?」 「ああ。成歩堂、いいかげんに車を出したまえ。いつまでたっても着かないぞ」 御剣はそういうと、シートベルトを引く。 心配は尽きないが、しかしまぁ御剣が言うことももっともだ。 成歩堂はウィンカーを出して、車を再び道路に戻した。 |
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