珍しく今日は御剣が先に来ているようだった。二十四時間営業のコーヒーショップの店頭で、すぐに店内の明かりの中にワインレッドのスーツを見て取って、成歩堂は中に入った。
 窓から少し離れた席に座った御剣怜侍は、手元の雑誌をめくっていて、
そこに視線を落としている。コーヒーはもう空いていて、隣の皿にはパンをつまんだ跡があった。
「おまたせ」
「ん」
 成歩堂の声に御剣ははっと顔を上げ、雑誌を閉じてバックを引き寄せる。
「すぐ出る?」
「ああ、かまわない」
 御剣は椅子の背にかけたコートを取って立ちあがる。成歩堂はトレイを持って戻し、御剣はバックとコートを持ちながら悪いな、とつぶやいた。
「遅くなってごめんね」
「いや、そんなに待ってはない」
「食事は?」
「すませてきた」
「そうなんだ。僕も食べてきたところなんだよ」
 そらっとぼけた台詞だな、そうどこか心の隅で思いながら成歩堂は御剣が店を出てくるのを待っている。コートはまだ必要な寒さが残る春の初め、桜の便りはまだ聞かない。今年は早いと言っていたが、その頃にはもう花を見る余裕なんかなくなっているだろう。
 御剣はコートを着て前のボタンを留めた。成歩堂はそれを見ながら、御剣の指先の感触を思い出す。
「行こうか」
「ああ」
 目的地を言わないのはどちらの部屋に向かうのかもう決まっているからだ。
 ここから先は毎度上映される性質の悪い映画のよう、古びた三文フィルムに過ぎない。
 それもとびきりありきたりに下品な。
 それでも繰り返しこの道をたどる御剣を、成歩堂は愚かだと思うことで、自分の寂寥を埋めようとした。


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