くちづけは淑女のたしなみ本分サンプル |
「あら、思った通りだったわ。御剣検事って、カワイイ!」 そういって綾里千尋は花のように笑った。 はきはきした綺麗な顔立ちをした若い女――なだけだと、 思っていたのはまったくもって迂闊としか言いようがない。 そんなわけはない――というか、余分なオマケがとにかくタチが悪かった。 こっちのほうがずっと手ごわい―― こちらの言うことなど全く聞かない男だからな、と御剣怜侍は思っていた。 だがなんてことだ。 綾里千尋のほうが、何十倍も手強かった。 やはり女は怖い。 「いいですねぇ、カワイイですよ、すっごく!」 なんでこんなことになったのか、 御剣怜侍には状況がさっぱりつかめない。 ここはホテルの一室で、確か自分は検察庁を出た直後、 いきなりここに連れ込まれた…ような気がする。 気がする、というのは車に押し込まれた後、 隣に座っていた綾里千尋になにかされたような気がしたら、 次に目が覚めたらホテルのベッドの上だったからだ。 その間にいったい何があったのか、御剣にはさっぱりわからない。 ただ記憶がないことだけは確かだった。 そんなことしか確かでないのも、甚だ不本意ではあるのだが。 車を運転していたのは確か綾里千尋と同じ弁護士事務所の男、神乃木だった、ような気がする。 正確に断言できないのは、横顔をちらりと見ただけで、 すぐに自分は意識を失ってしまったからだった。 「どうしたんだい子猫ちゃん、そんなに怖がって毛並み逆立てなくてもいいんだぜ?」 「その呼び方はやめてもらおう! だいいち私は怖がってなど…」 「ええ? そうなの? 私怖がるのもかなりカワイイと思いますけど、御剣検事?」 そういいながら千尋の手はてきぱきと動いている。…そう、動いているのだ。 その手は御剣の服につけられた、真っ白なリボンを結び、 襟元に通した漆黒のベルベットのリボンを結んでいたのだった。 |
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