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「景気悪い顔してるじゃない、御剣ちゃん」

自室のドアを開けた途端にかけられた明るい声に、御剣は軽く頭痛がした。

「…現在、合同で行っている捜査はないと思いますが」
「そんなこと言ってー、つれないなぁ、御剣ちゃんは。いつからそんなこという子になったのかなぁ?」

巌徒海慈が軽く弾みをつけて椅子から立ち上がると、椅子がぎしりと音を立てた。
年齢を考えると、とてもそうは思えないほど見事に鍛えられた、
長身で壮健な体が軽やかに椅子から離れ、
背後の窓の逆光になって立ち上がった。
その姿にどこかしら威圧感を覚えてしまうのは、
やはり彼の、その日本人離れした存在感ゆえだろうか。

巌徒は、ただそこにあるだけで、一種異様な威圧感を持つ男だった。
今はそれに見合った地位と権力を持っているからこそ、
それにあまり違和感がなかったが、
こんな男が現役で刑事をしていたとすれば、
犯罪者には相当にやりにくい、嫌な男だったに違いない。

犯罪を追い求める猟犬のような人間が刑事に向いているということを
御剣は知っていたが、彼はその中でももっとも優れた猟犬であり、
その中でも飛びぬけて鼻が効き、足が早く、
どうすれば犯人を捕まえることができるのかをよく知っていた。
だからこそ、彼はここに入ることが出来るのだった。

「最近見てなかったからね、御剣ちゃんの顔、見に来たんだよ? 
 ちょーっと用事で近くに来たからさ」
「…署長ともあろう方に、そんな暇があるなどとは思えませんが」
「ホントにもう、つれないなぁ御剣ちゃんは。…もっとも、そこがイイんだけど、ね」

巌徒に触れられない距離をはかり、
手にした書類の束を一番遠い机の端に置いた。
御剣は手にしていたバックをソファの端に寄せる。
床に直に荷物を置くのは正直不快だったが、
この男の前に迂闊に物を置くのはどうにも油断がならなかった。

「どいていただけませんか。…まだ、午後の作業が残っておりますので」
「相変わらず仕事熱心だねぇ。もっとも、若いうちはそうでなくっちゃ困るけどさ」

そう言いながら、巌徒は大きな机をぐるりと回って、御剣の前に立った。
御剣が目線をあげなければならない数少ない相手のうちの一人、それが巌徒署長だった。
彼の年齢を考えると、それは驚きに近い。

長身で頑丈な体格、姿勢もよく眼光鋭い男。
声が大きく、身振りが目立つこの男を、
御剣は正直なところ、かなり苦手だった。
だが御剣のそんな態度を知っているのか知らないのか、
巌徒は御剣を何故か気に入っていて、
顔を見るたびになにくれとなく声をかけてきた。
御剣を子供のように愛称をつけて呼ぶのは彼の癖で、
彼はたいていの人間をそう呼んだ。
相手が嫌がる顔を見せても構うことなどしなかった。

その中には彼の師さえ含まれていて、
御剣は師の冷徹な一瞥に耐える人間がいることに内心驚いてさえいた。
名を子供のように呼ばれるときに向けられる不快な顔がことのほか、
巌徒には好ましいことなのではないかとすら、御剣には思えた。

要は、意地が悪いのだ。

もっとも、そうでなければこの地位に登り詰める事など、到底不可能ではある。
正直であることは、犯罪捜査に最適な美徳とは思えなかった。

「ところでさ」

すっと声が冷えた。
巌徒がこの声で御剣を呼ぶ時に、彼がいい話を持ってきたことがなかった。
そんな些細なニュアンスを感じ取れないほど、
御剣は政治を知らないわけではない。
集団の中で上手に立つには、ある程度の政治力が必要なのは、
どの団体でも同じだった。
御剣が所属する団体は、
その力が多少強過ぎる傾向がある
…それは御剣も自覚していた。

「先生からお話回ってる?」

どきりとした。

「…なんのことでしょう」

一瞬の沈黙。
 
即座の否定でなければ、たいていのことはすべて肯定になる。

「聞いてるんだ」

答えないことは肯定だと御剣は知っている。

知っているが、答えられない。

肯定的に答えられるようなことではないことを、御剣は理解している。

「じゃ、待ってるから。取引の件、こっちは了承したって言っておいてくれる?」

そう言って窓から離れ、御剣をじっと見つめる。

その視線に耐え切れず、御剣が目をそらしたのを見てから
巌徒はにっこりと笑い、通りかがりに御剣の肩を軽く叩いた。

はっとして振り向いた御剣に、
トレードマークの黒い皮の手袋をひらひらとさせて、
巌徒は部屋を後にした。











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